ホセ・ルイス・チラベルト

名前
ホセ・ルイス・チラベルト
生年月日
1965年7月27日
出身地
パラグアイ
サイズ
身長: 188cm
所属
【サッカー歴】
1984年~1985年 グアラニー
1985年~1988年 サン・ロレソン(アルゼンチン)
1988年~1991年 レアル・サラゴサ(スペイン)
1991年~2000年 CAベレス・サルスフィエルド(アルゼンチン)
2000年~2002年 ストラスブール(フランス)
2003年 CAペニャロール(ウルグアイ)
2004年11月 CAベレス・サルスフィエルド(アルゼンチン)

【代表歴】
1989年~2003年 パラグアイ代表
1998年 ワールドカップ フランス大会
2002年 ワールドカップ 日本・韓国 大会
チラベルトのGKとしての技量は群を抜いている。
世界中のファンに、その才能を認めさせたのが98年FIFAワールドカップ・フランス大会だった。

DFに的確な指示を与えながら、正確なポジショニングと抜群の反射神経でゴールを死守。
どんな状況でもチーム全体の動きを把握しながら、仲間たちに声をかけ、士気を高る姿はキャプテンとしての責務をも見事に果たしていた。

決勝トーナメント1回戦で、惜しくもフランスにゴールデンゴールで敗れはしたが、優勝国フランスのバルテズを抑えての大会のベスト11に選出され、「キーパーは誰よりも攻撃的でならなければならない」というチラベルトの信念に間違いがないと身を持って示した。
また、ユニセフ親善大使を務めるチラベルトは、自国パラグアイの子供達にとっては優しいスーパースターでもある。
ファンレターにはすべて目を通し、病気や 体の不自由な子供には必ず自筆の返書を出す。
多くの慈善事業や募金活動にも協力し、将来は貧しい子供達の為の病院を作るのが夢だという。

99年パラグアイ 初開催のコパ・アメリカ出場辞退の裏には、「今のパラグアイには大金のかかる国際イベントより、学校や病院が必要なはず」という抗議の気持ちが込められていた。

ノーベル賞作家ガルシア・マルケスの書を愛読し、グアラニ語(南アメリカ中央部のインディオ人は大半がグアラニ民族)の教員免許を持つインテリでもあり、 「いつか大統領になって、自国の貧しい人達を助けたい」という大志を抱く。

ファンを魅了する左足のFKで奪ったゴールは60を優に越え、日本には、94年トヨタカップ(ACミランを破って優勝)をはじめ98年キリンカップ、JOMOカップ、2001世界選抜等で来日、2002KOREA JAPAN W杯にはキャプテンとしチームを引きつれBEST16入りを果たす。

親日家のチラベルトは来日中、日本のTV番組等に出演。

2002年にはW杯でのキャンプ中、恵まれない子供達のため松本市の児童施設を訪園するなど、サッカーを通して世界の子供達にメッセージを送る。

同年、著書である『激突-日本よ激しく!!チラベルト吠える』を出版する。